浮かぶ夜空


 空に浮かぶ星が、とてつもなく綺麗だった。
 きっと、こんな光景が見られない場所も、あるのだろう。
 この美しい光景が見られる場所に生まれて、良かったと思う。

「……ライアン?」

 もう寝ちゃった?
 少年が声をかけても、猫は、ぴくりともしなかった。
 その背を撫でても、いつもの怒声は聞こえてこない。


「……本当に寝ちゃったの?」


 こんなに空が綺麗なんだよ?
 ゆさゆさ揺さぶっても、全然動かなく。
 寝息も小さすぎて、あまり聞こえない。
「ねぇ、ライアン。本当に、戻す術なんてあるのかなぁ」
 ライアンが起きている時にこんなこと言ったら、
 怒られるか、呆れられるかも知れない。
 少年はへらっと力ない笑みを浮かべると、言葉を続けた。





「僕のせいなのにね」





 猫の耳が、ぴくんと動いた気がした。
 少年はくっと夜空を見上げると、そのまま目を閉じた。
 木に寄りかかっているからまだ楽なのだろうが、なかなかに、首が痛い。
「ねぇ、ライアン」
 猫は、返事をしない。
「もう旅をやめようかって言ったら、君はどうする?」


 ――でも、君も、ずっとその姿じゃ、嫌だよね。

 それに、僕には、そんなことを言い出す権利はない。


 朦朧としてきた意識の中、横になると、目の前に猫の顔があって。
 少年は安心して、意識を手放した。





「お前がそんなこと言ったら、俺はそれに従うだけだよ」



 ぽつりと。
 猫が言った台詞は、きっと、少年には届いていないだろう。
 本当は、ずっと起きていた。
 本当は、全て聞いていた。
 猫はゆったりと体勢を変えて少年を見直すと、
 その顔をぺろりと一舐めして、すり寄った。

「大丈夫、俺は、ウィルを信じてるから」


 この少年は、いつも、自分がして欲しいことをしてくれるのだ。

 猫はふっと微笑むようなそぶりを見せると、
 その手で、ゆったりと少年の顔を撫でた。

 ――大丈夫。たとえこのままの姿でも、二人でいれば。……大丈夫。

 少し大きめの手が、少年の髪を撫でた。
 絡みつくように見えて、その髪は、するりと手を通す。
 金色の少年は自分の手を見、それから、ふっと自嘲した。



 出来れば、もう一度、この姿で。


 この姿で、彼と、笑い合いたい。




「ウィル。信じて、いるから」

 思いは、何よりも強い魔法なんじゃないかと。
 金色の少年は、何度も、同じ事を口にして。
 もう一人の少年の頬を、撫でた。髪を、撫でた。
 くすぐったそうに、少年が、体を動かす。



「きっと、戻す術なんて、この星の数ほどあるよ」



 まだ、その星の数の、一部しか見ていない。
 金色の少年は、そっと微笑んで、それから、もう一度目を閉じた。





 翌朝。

 少年と猫は、また、旅に出た。










end