FLOWER




 ひらひらと、花びらが目元を掠めて。

「お?」
「あ」
 二人、同じように反応をすると、猫と少年は揃って空を見上げた。
 真っ青な空が何処までも続いていて……雲一つ無い快晴だ。
 けれどもそこに、一つ。二つ、三つ……。
 ひらひらと、雪のように舞うモノ。



「花びらだ」



「ホントだー。雪みたいだね」
 花びらは、ただひらひらと舞っていて。
 踊るように、交差し、滑って降りて、地面に落ちる。
 落ちた花びらを前足で踏むと、金色の猫は、それをじっと見た。
 ……まるで、その花びらにじゃれているようだ。
「何の花だろうな」
「うーん。この時期だから……」
「ま、別に、関係ないけど」
「あ。それなら、この花びらをたどって、見つけてみようよ」
 少年の言葉に猫は口を開けると、ふるふると首を振った。
 その猫を、少年が抱き上げる。
 猫は少年に抱かれると、静かになり。
 彼の腕をするりと抜け出ると、ちょっと上にある肩へと、登った。

「ウィルは、寄り道が多すぎるよ」



 たどり着いた先は、ピンク色の世界だった。
 辺り一面、見渡す限り薄い桃色。
 芝生であろう地面も、今は、ピンク色の花びらに覆われていた。
「うわー。すごーい……」
 立ち並ぶ木々も、全て薄い桃色。
 ウィルは木の前に立つと、その大きな木を見上げた。
「何だろうね、この木」
「……さぁ。俺は知らないなぁ」
「本持ってたら、調べたのにね」
「そうだな」


 ――だって、こんなにも綺麗だから。

 名前を知らないだけでも、勿体ないと思う。


「ねぇ、ライアン」
「ん……?」
「この花びらさ、保存しておけないかなぁ」
「押し花にでもすれば?」
 少年が足元から、花びらをすくい取る。
 彼がへらと笑うと、金色の猫は素っ気なく返事を返してきた。
「そうじゃなくてさー」
「ウィル、わかってないな」
「え……?」
 ウィルが抗議の言葉を舌に乗せようとした時。
 ライアンはちらとウィルを見てから、また、
 さっきやっていたように前足で花びらを踏んだ。
 ……といっても、辺り一面花びらだらけなのだが。





「この美しさは、魔法じゃ保存しきれないよ」





「……」
「一番美しく保存しておく方法は、胸の中にだけ留める事だ」
 そっとウィルが胸に手を当てると、ライアンは一度だけ頷いた。
「モノにそれを留めるごとに、その美しさは消えていく」
「でも……思い出せなくなりそうだ」
「それでも、ふっと、その景色が浮かんでくる事があるはずだ」
 猫はひとっ飛びでウィルの肩に飛び乗ると、つんとそっぽを向いた。
 それを見て、彼が猫の頭に花を置く。



 花びらは、風に誘われて。


 ふわりふわりと、一体何処へ行く?



「じゃあ、胸の中だけに留める事にするね」
「……おう。むやみに魔法を使う事もないからな……。……って、なんだよ」
「んーん。なんでもなーい」
 くすくすとウィルが笑うと、
 ライアンは耳をピクピクさせ、器用に片目を閉じた。

「……さ、次行こうぜ」

「そうだね。花びらと一緒に」
「……そうだな。たまには……いいかもな」



 花びらは、風に誘われて。

 ふわりふわりと、一体何処へ行く?


 それはきっと、僕等の知らない土地へ行く。








end