Another I -忘我-



 ふとその人と視線があった時、少女はどきりとした。
 いつもとは違う一人旅。
 いつもと違うことをしていると、思ってもいないことに遭遇するのだなと、少女は思った。



 ――その人は、真っ白な服を着て。

 まるで女性のような、その面持ち。



 他とは違うオーラを放つその人物に、リージスティは思わず魅入った。
 少しばかり、色調はエレクトラに似ているであろうか。
 腰辺りまである長い金髪を一つに束ねて。
 肌の色は、透けるように白く。
 白い、ローブ。
 そして、遠くを見つめるその紫色の双眸。
 年の頃は……恐らく、20代前半か、その少し上だろう。



「君、さっきからずっと、僕のことを見ているね?」



 ずっと、魅入っていたからだろうか。
 魅入っていた故、彼がこちらを向いて自分を見ていたなんて、気づかなかった。
 なおかつ、自分に歩み寄って来ていたなんて、もっと気づかなかった。
「あ、あの……っ!!」
 わたわたと体の前で手を振るリージスティ。
 そんな彼女を見て、男性はくすりと笑った。

「場所を移動しようか。ここは、PKが可能な場所だし」




 そうして彼が連れて行ってくれた場所は、とある道具屋だった。
 ……この世界で、一番大きな。
 中では、慌ただしそうに、某有名な4姉妹が走り回っていた。
「君、名前は?」
「リージスティ。……おにーさんはー?」
「うーん。じゃあ、白鳳ってことで」
「じゃあ、って……偽名ですかぁ?」
 白鳳と名乗った男性は、リージスティが言葉を返すと、くすりと笑った。
 まぁね。男性が、言う。
「事情があって?」
「そう、事情があって」
「そうなんですかぁ」
「そうなんですよぉ」
 ふざけるようにして、白鳳が返す。
 ……いや、実際、ふざけているのだろうが。
 リージスティはちょっとばかり頬を膨らませると、彼を睨み付けるようにして見た。

「ただ、君の名前はしかと刻みつけておこう」

「……悪い人ではなさそう……」
「ふふ、ありがとう」
 白鳳はロッドを持ち直すと、それを4姉妹の一人に向かって放った。
 それを受け取った少女が、危ないでしょと、こちらへ何かを言っている。
 彼は、それに手を挙げて笑うだけ。


「……常連さん?」


「知り合いなんだ」
「へー。そうなんですかー」
「そうだ、君。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
 知り合いなんだと言った時。
 彼の表情が、少しだけ変わった。
 が、それもつかの間。次の言葉の時にはもう、彼の表情は元に戻っていた。



「黒髪、黒目、黒ずくめの衣装の男、知らない?」



「……」
「あ、知ってるんだ」
 そこで初めて、白鳳が人懐っこい笑みを浮かべた。
 先ほどまでの、どこか人を寄せ付けない笑みとは違う笑み。
「クロウさん、の、こと……?」
「クロウって言うんだね。そうかそうか」
 顎に手を当て、考えるポーズ。
 白鳳はリージスティの頭を2,3度軽く叩くと、彼女の背を押して、出口へと向かわせた。

「僕の名前は、白鳳。リージスティ。クロウに、僕と会ったこと、話してごらん」

 面白い反応が見られるかもよ。
 そう言って笑う白鳳に背を押され、リージスティはショップを出た。




「あ、いたいた。探したぞ、リーズ」

 それから、ゲーム時間で数時間。
 ぶらぶらとその辺を歩いて、出会ったのは狐の少年。
「いったい、どこにいたんだ?」
「うーんと、白鳳さんって言う人とショップに行ってー、ぶらぶら歩いてー」
「……危ないやつだな」
 PKのことを考えてだろう。
 狐炎が、小さく溜め息を吐いた。
「とりあえず、向こうでクロウ達が待ってるから。さっさと行こうぜ」
 親指で後ろの方向を指してから、狐炎は歩き始めた。
 それについていくリージスティ。

「鴉さんの知り合いだったのかなぁ……」

 リージスティがぽつりと呟いた言葉に。
 答えを返すものは、今は、何もなかった。





end