Another I -探検-
歩く度、足の痛みが増していく。
ゲームの中でも、こんな風に感じるのか。
朦朧とした意識の中、青年はそう思って、その場に座り、目を閉じた。
「まだ死んではいけませんわ!!」
ぺちんっ!
頬に痛みを感じ、慌てて目を開ける。
べしんっ!
…にもかかわらず、平手が再度彼を襲った。
「エラピス!死んでねぇから!」
「あら、まだ生きてましたの」
「…酷いよな、オマエ」
後ろで、真っ白な服を着た女性がはぁと大きく溜息を吐いた。
「…普通にゲームができるようになったら…」
「このダンジョン、常人には少し厳しいですわー」
「…常人?」
「…なんですの?その目は」
その日、メイプルシュガーが珍しくいなかった。
どうやら、リアルで久々に学校へ行っているんだとか。
いつもならさくさくと進めるこのダンジョンも、
一番の特攻がいなくなったパーティーにとっては、だいぶ痛かった。
「貴方こそ、世界一の魔法使いなんでしょう?」
「……ま、まぁな」
「だーいぶ、やられているようですけれども」
「……」
ぐいと目の前にその美貌。
けれども出てくるのは、ひたすら冷や汗。
「…その辺にしてあげたら?エラピス」
「……ブラックシュガーさんが言うなら」
後ろから成り行きをじっと見ていたブラックシュガーが声を掛ける。
と、クロウへ迫っていた女性は、ふっと立ち上がった。
さらりと、腰の下辺りまで伸ばされた髪が、揺れる。
「残念ながら、今日は魔石を持ってませんの」
「…俺も、使い果たしちゃったしなぁ。ブラックシュガーは?」
「…私は、魔法、基本的に使わないから」
「だよなぁ」
よく見れば、エラピスの顔にも、ブラックシュガーの顔にも、
すり傷や浅い切り傷が走っていた。
―――そこまでして、何が得られる?
「ま、自然治癒を待つかね」
「そうですわね。…私も疲れましたわ」
「…ここなら、安全そうだし…」
寄りかかっていた岩に自分からこつりと頭を当てると、
軽い衝撃と痛みがあった。
…技術も、本当に進歩した物だ。
「そういえば、噂の弟さんはこのゲームに参加しませんの?」
「…あぁ…。…どうだろうねぇ」
「……」
「ほら。もう、悟っちゃってるから?」
この世は、無意味な物でしょ?
―――ならば、目を背けていた方が、ずっと楽じゃない。
何それと言うように、エラピスが顔をしかめた。
その手には、彼女の愛剣シィカが握られている。
それを弄びつつ、んー…と何かを思案するように、彼女が唸った。
「ブラックシュガーさんは、会ったことはありますの?」
「えぇ…。一度だけ」
「…そうですの…。きっと、可愛らしい方ですわね!」
「そうでもないぞぉ?」
くすくすと、エラピスが笑った。
兄弟って、そんなもんですわ。と。
ざ、ざ、ざ…。
その時だった。
微かに、遠くから響いてくる音。
「…近づいてくるな」
「……えぇ」
「…」
―――もしこれやる時は、エレクトラって名前にしたら?
…なんで?
―――優には、ぴったりな気がするから。ちなみに、俺はクロウ。
…鴉ね。…本当に、ぴったりな名前だこと。
「馬鹿鴉。女の人二人連れて…。守る側じゃないわけ?」
「お待たっせーん!エレクトラちゃん連れてきたよーん」
やってきた少年の手には、長い槍が握られていた。
洞窟の壁に掛けられたランプの光をはね返し、その先がきらりと光る。
「…エレクトラ…」
「メイプルシュガー…。…学校はもう終わったの?」
「早退して来ちゃった!そしたら、偶然彼に会ってねー!」
メイプルシュガーは彼の肩を引き寄せると、
3人に向かってぐっと親指を立てて見せた。
「救助隊、参上!」
思わず、3人は揃って笑みを見せた。
end