Another I -未開-
友達と話し合って、既に登録を済ませたゲーム。
見た目よりも軽い、かぶり物の機械。
どこもかしこもこのゲームの話で、持ちきりだ。
―――街に張られた広告の数々。
時折それに目を奪われては、足を止めたものだ。
「ところでこれ、どうやって起動するんだっけ…?」
少女はヘッドセットを手に持ってこくりと首を傾げると、
説明書をちらりとみて、もっと深く首を傾げた。
ヘッドセットをぐるりと一周させ、中を覗き込む。
そうして、とりあえず、被ってみた。
―――一瞬にして、変わる世界。
いつの間にか、見知らぬ小部屋。
きちんと、足は地面についている。
「初めまして、リージスティさん。」
「…?ここは…?」
「ゲームの中の世界です。」
ふと、隣から聞こえた声に、思わず質問を投げかけた。
警戒という言葉は、なぜだか出てこない。
声の主へと視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
ブロンドの、ふわふわくるくるとした髪は、腰辺りまで伸ばされていた。
真っ白な服には、染みも汚れも、ない。
瑠璃色の目は、自分よりも、ずっと遠くを見ているようにも思えた。
「えーっと……。」
「ここは、初心者の為の場所。チュートリアルと呼ばれています。」
「はぅ…?」
微かに覚えるその厳しさは、その目と声であろう。
美しくありながら強い声と、
その容姿と合っていないような、きりっとした目。
全てを射抜くようなその視線を受けて、少女はふるっと小さく震えた。
「ここでは、キャラクターを決めていただきます。」
「キャラクター?」
「そして、簡単な説明を受けていただきます。」
「説明…。」
小さく頷くと、女性は少女をソファへと座らせた。
「私の名前は、ブラックシュガー。リージスティさん、ですよね?」
―――リージスティ。
改めてその名前を呼ばれると、どこか照れが浮かんだ。
「はいー。そうですぅー。」
その名前は、自分の物語の中で生きる、ハーフエルフの少女の名前だった。
パステルじみた赤い髪の、魔法使いの少女。
何人もの仲間と、世界を救ううちの、一人。
「えーっと、私、こういうゲーム初めてなんですけど…。」
「みんな、最初は初心者ですよ。」
てきぱきと作業を始める彼女をついじっと見てしまったのは、
彼女にも操作をしている人が居るのだろうかと疑問を持ったからだった。
リアルの自分が、反映される。
もしそうならば、リアルの彼女も、きっと同じような目をしているのだろう。
「では、まず、キャラクターの設定を。」
ゆっくりと、彼女の唇が言葉を紡いだ。
―――この世界に住まう、もう一人の自分。
キャラクターの設定をし、一通りの説明を受けた後。
彼女は、当たり前のごとく武器の扱いに慣れていない少女に、
この世界での武器を何種類か出し、軽く扱って見せた。
「上手いんですねー!」
かちゃ…と、武器を元に戻す彼女を見て、少女はぱちぱちと拍手をした。
…この世界では、リージスティという名の少女。
「えぇ。訓練を、受けたので。」
「訓練…?」
「私たちが扱えないと、説明にならないでしょ?」
ふっと、苦笑するように、初めて彼女が笑った。
「それでは、そろそろゲームを始めましょうか。」
「…あ、……はい。」
すっと、彼女の手に一つの武器が渡された。
先ほど武器を見せて貰った時に希望した、ロッドだ。
ふと、部屋の端にあったドアが開かれ、そこから光が入ってくる。
少女はす…と目を細めると、その光へと近づいた。
「いってらっしゃいませ、リージスティ様。」
ぺこりとお辞儀をするブラックシュガーを後ろに、
リージスティは新しい一歩を、踏み出した。
「あなたのご健闘を、お祈りします。」
後ろを振り向くと、既にドアはそこには無かった。
握ったロッドをぎゅっと握り直すと、少女はもう一歩目を踏み出した。
確かな感触が、そこにある。
「よぅし、頑張るゾー!」
歩き始めた彼女の心にあるのは、たくさんの期待。
end