Another I -野苺-





―――じっと眺めた掌は、現実と変わらなかった。

いつもシャーペンが握られている手に、
ぎらりと光を跳ね返す、一本の刀が握られている以外は。

「ゲームと、リアル…か。」

まるで自嘲するかのような笑みを浮かべて小さく言われたその言葉は、
ひゅぅと吹いた風に、さらわれていった。
刀を握った手が、じわりと汗ばんでくる。


―――俺は、これで魔物を切り捨てるんだ。

―――俺は、これで自分の身を守らなければいけないんだ。

―――それが、この世界で生きる為に必要なことなのだ。



刀一本で?



ぶるると体を震わせると、彼は次いで頭を振った。
人間の耳ではないそれが、震える。
…彼の頭には、狐の耳があった。

遠くから、何かが、迫ってくる音。

いち早くその音をキャッチした耳が、ぴくりと動いた。
ごごご…。
重たいその音にきょろきょろ辺りを見回し、首を傾げると、
彼は口を開いた。

「なんだ?この音…。」

そんな風に言っている間にも、音は近づいてくる。
大きくなった音に比例して、空気が暑くなっている気さえする。



―――ドンッ!!



次の瞬間、彼は背中に衝撃を受け、前につんのめった。
「あいたっ!」
「ひゃ。ご、ごめんなさ〜い!!」
ごめんですめば、なんとやら。
ずり…と砂に擦れた頬。
なぜだか、背中に受けた衝撃より、砂に擦った頬の方が痛かった。

聞こえてきた声は、どこか明るい少女のものだった。

「てん…め…!!……っ!?」
ばっと振り返った先に見えたのは、明るい赤。
…いや、赤に白をたらしたような、パステルじみた赤だった。
尻尾のように長く、三つ編みにされたその髪の間から、
とんがった、長い、エルフの耳が見えた。
じっとこちらを覗き込む瞳は、水色。


「…狐さん、大丈夫ですかぁ?」


おろおろと、少女が彼を見る。
「き、狐…。」
「違いましたですかぁ!?」
「いや、まぁ、狐…だけど…。」
そんなにはっきり言わなくても…。
彼女は彼の言葉にほっと息をつくと、
にぱっと顔を明るく、満面の笑みを浮かべて見せた。



自分の手元には、一本の刀。



「また、魔法…人に当てちゃった…。」
「…また?」
「いつもなんですよー。……困ったなぁ…。」
ちろりと舌を見せて、苦笑。
そんな彼女の動作に溜息を吐くと、彼は首を振った。

「それじゃ、俺はこれで。」

くるりと踵を返すと、
彼はちらりともう一度彼女を見、盛大に溜息を吐いた。
「えぇ!もう行っちゃうですかぁ!?狐さん!!」
「狐…。」
と、彼女がきゅっと、彼の服の裾を掴む。



「パーティー、組みませんか!?」





―――パーティー。


「そんな機能、あったかぁ?」
「機能はないですけどっ。」
何度か口にしたことはあったが、
どうも彼女が口にすると、しっくり来ない気がした。
「狐さんも、一人でしょ!?」
「…え、まぁ。…でも、おまえ戦えるのかよ?」
すでに狐と言われるのに慣れてしまった自分が、そこにいた。
あるいは、もう、突っ込む気力すら無かったのかも知れない。


「もちろん!」


反り返らせた胸をどんと叩く彼女。
そうして彼女は自分のロッドをぐっと彼の目の前に突き出した。
今まで見たロッドの中でも、綺麗で、奇怪で、何とも言えないロッドだった。

「僕の名前はリージスティ。リーズでいいからね。」


…表情が変わったように、思えた。

彼女は聞いてもいないのに、
それから、ロッドはカザカミと言うんだと教えてくれた。
「俺は、コエン。狐に炎で狐炎。」
つい名乗ってしまったのは、なぜだろうか。
自分自身、すでに、彼女とパーティーを組む気だったのかも知れない。
握手をした彼女の手は、しっとりと、温かかった。


『ブラックシュガーが言ってた理由が分からないよね。』
『うんにゃ。可愛い子だよなー。』
『……君の趣味、変わってるよ。』

『それに、輝いてる。』

『は?輝いてる?』
『おまえも、輝いてるけど。』
『………。』
『いい顔してるよなー。』

黒衣の鴉と、白衣の女神。

『…気持ち悪いね。』
『ふぅん?そう思う?』
『…君がね。馬鹿鴉。』



―――その微かな温かさを、感じてしまったから。

…温かな、光を。



『帰るよ。』
『はいはい…っと。』





今、狐と少女が出会った。










end