Another I -言葉-
「あ、綺麗な子」
「……は?」
それは、武器屋の前での事だった。
一人、槍を立て、道具屋の横に座り込んでいる少女。
彼女は石に座っていて、槍の先っぽは、彼女の頭一個分ぐらい上にあった。
「……誰か待ってるのかなぁ?」
「知らん」
「狐さん、つれなーい」
「知るか」
きらきらと、月光を跳ね返す髪は、おそらく金色。
それは肩を少し過ぎる辺りまで、伸ばされていた。
道具屋から漏れる光に照らされた瞳は、宝石のような、緑色。
時折されるゆっくりとした瞬きで、一瞬だけ、光が消える。
「……なんかー。女神様みたいだね」
「……あぁ」
夜の暗闇の中、一際目立つのは、その真っ白な服。
染み一つなさそうなそれは、腰の辺りを紐で結ばれている。
金色の紐が、尻尾のように、2本。左の腰から流れていた。
白衣の下には、ふっくりとしたズボン。
膝の少し下まであるそのズボンからは、すらりとした足が伸びていた。
「……それにしても、こんな夜に……」
「女の子一人で、どうしたんだろうねー」
ひゅう……と、風が吹いた。
と、唐突に、すっくと彼女が立ち上がった。
ゆっくりと歩む先は……自分たちの方向。
とっさのことで、二人は、陰に隠れようと思うことすら出来なかった。
「何見てんのさ」
その口をついて出たのは、女神らしくない言葉だった。
じろりと二人を見やる彼女は、思っていたよりも、背が高い。
「えぇと……」
「どうしてくれるんだよ、リーズ」
「……」
すっと、少しばかり大きい彼女の目が、細められた。
二人の後ろ……武器屋から漏れる光に、その瞳が照らし出され、輝く。
かちゃ……と、持ち直された彼女の槍が、音を立てた。
「エレ、その辺にしてやれよ」
その音と、同時だったろうか。
彼女の後ろに、人影。それから、男の含み笑いと声が聞こえた。
――現れたのは、本当に、今?
この世界に入ってからの本能だろうか。
思わずそう思ってしまう、狐炎は、ぐっと顔を歪めた。
「威嚇しちゃって。かーわいい狐ちゃんだなぁ」
「……」
くくっと、男が笑った。
その前で、少女がふんとそっぽを向く。
「おまえら、あんまり女神様にたてつくもんじゃないぜ〜?」
「……女神様……」
「ほら、天の怒りとか……」
「天の怒りですかぁっ!?」
ざざっと、後退するリージスティ。
と、そのおかげで、やっと、彼女の全身に光が当たる。
その全身を上から下、下から上と見……そして、リージスティはあることに気付いた。
「……男の子だったですか!!?」
「いっぺん死んできなよ」
「いやいや! 死ぬのは痛いですよっ!」
「じゃ、痛くない方法で殺してあげるからさ」
リージスティの発言に、彼女……いや、彼は、にっこりと微笑んだ。
それから、その槍を彼女に向ける。
その様子に、狐炎が、思わず口をとじる。
「鴉、この二人とっちめてよ」
「……っくく。やっぱ、おまえ、女顔だわ……」
「クロウ!!」
「わりぃわりぃ。……っくくく……」
むっと彼が睨み付けても、男は肩を震わせたままだった。
今更ながらに気付いたのは何故だろうと思ったら、きっと、
彼は闇色をしていて、気付くことが出来なかったからだろう。
男は闇の中に消える黒衣を来ていた。
黒いローブに、黒いズボン。漆黒の、髪と瞳。
けれども、けらけらと笑う彼に、人懐っこさを覚えた。
「笑いすぎだよ。馬鹿鴉」
「ははは。ま、いつものことだろ、間違われるのなんて」
「……間違われる以上に、毎回笑い転げる君に怒りを覚えるよ」
「まぁまぁ」
二人のやりとりを眺めながら、
リージスティと狐炎はぽかーんとしていた。
「ブラックシュガーも、こんな子が良いだなんて」
「ブラック……シュガー……」
「……? リーズ、どうかしたか?」
「ん、んーん。何でもない」
握り直したロッドは、冷たかった。
リージスティを見てだろうか。ふっと、彼女の前に狐炎が立った。
……その手に、彼の刀が握られている。
「で? あんたら、誰」
かちゃ……と、狐炎の手元で刀が鳴いた。
ぴんっと、狐耳が立っている。
「まぁまぁ。そんなもん向けたって、ここじゃPKは無理だ」
「……分かってる」
「ま、いいんじゃない。威嚇ぐらいならさ」
初心者相手には、役に立つよ。
少年が、刀を一瞥して、それから、その背を指でぐいと押した。
「僕は、エレクトラ。エレでいいよ」
「クロウだ。よろしくなー」
「……狐炎」
「リージスティーだよー。リーズでいいからね」
ぐぐぐ……と、刀を戻そうとして。
けれども、どうしても、それを動かすことは出来なかった。
エレクトラが、にやと笑む。
「……その辺にしとけ、エレ」
「君たち、初心者でしょ?」
「よくわかったですねー!」
「まぁね」
すっとエレクトラが手を退けると、刀は軽々と動かすことが出来た。
今度は、エレクトラの後ろから、ロッドを持ったクロウが進み出た。
ふわりとローブが舞い、光によって、短いロッドが光る。
「せっかくの出会い。……組まないか?」
「……組んだとして?」
「損はさせないよ」
「……」
お互いが、武器を持ち。
死と向かい合わせに。
あるいは、死と背中合わせになる時。
クロウのロッドは、これまた黒く光っていて。
先の方には、真っ赤な小さい石が付いていた。
「証拠は?」
「この杖にかけて」
まるで、お決まりの台詞のように、彼はそう述べた。
暗闇の中……刀と杖が、重なった。
end